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巻頭言

学術局部局長 原田 恭子

 今年もまた、ボジョレーヌーボーの解禁日を迎えました。
例年になく葡萄が不作の年だったらしく、今年の入荷はどうなるのだろうと心配されていたようですが、店頭にはたくさんのヌーボー(新酒)が並び、私もなじみの酒屋さんで1本購入し、堪能させていただきました。この季節の楽しみの一つです。
 先日、訓練にやってきた男の子(と言っても19歳の好青年です)と初めてお酒の話しをしました。彼と会ったのは1歳3ヶ月の時、かれこれ18年の付き合いです。先天性風疹症候群による聴覚障がいで、補聴器装用後、ずっと当科で訓練してきました。少し前に19歳の誕生日を迎えた彼に、「20歳になったら何がしたい?」と尋ねると「俺、お酒飲みた〜い」との返事。「ワインが飲みたいなぁ。ビールは苦いから嫌い。」とここで彼が急に「先生、知っとぉ?ビールはね、たくさん飲んだら血が黄色くなるとよ。」・・・絶句。いったい誰がそんな話しを彼に吹き込んだのか・・・とても素直で、時々他人が疑うような話を信じてしまう彼はよく騙されます。そのたびに、「あのねぇ」と正しい情報を入れなおす、というのが私たちのお決まりの作業でした。
 聴覚障がいがある子どもたちは、幼少時から様々な問題を乗り越えて成長していきます。幼稚園(保育園)、小学校と比較的しっかりと教育を受けてきた彼らは、中学校で学業の壁にぶつかることが増え、高校生になり進路に悩みます。なかでも、就職を希望する子どもたちは、たとえそれが商業高校でいろいろな資格を取得していても面接で落とされてしまう、幾度となくそんな経験を重ねることが少なくありません。健常な子どもたちでさえ就職は難しく「フリーター」という言葉がはびこる世の中、障がいのある子どもたちにとっては、それ以上に厳しいのが現実です。先述の彼も、この春、高校を卒業し現在就職活動中。と言ってもこれまでにいくつもの会社の面接を受け不合格、厳しい現実に直面しています。その都度に、「あなたにはこんなに良いところがあるじゃない。諦めたらダメ。またがんばろうよ。」と、直接言葉にして励ますことは、私の大事な役目です。
 長い年月、聴覚障がいの子どもたちと接してきた私は、彼らが就職することのむずかしさを実感しています。やっと就職できてもパートや嘱託で、なかなか正規の雇用とはいきません。それでも、たまに私のところに顔を見せに来る彼らは、世間の荒波にもまれだんだん大人になっていきます。ひとしきり話をして、ちょっとすっきりした顔をして帰っていく彼らの後ろ姿に、「がんばれー」と毎回エールを送らずにはいられません。
 そしてまた、彼らが立ち寄ったときは、しっかりと受け止め、送り出すゆったりとした港であるべく、私自身も言語聴覚士として磨きをかけて頑張ろうと思っています。